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鴻上尚史の新作『アカシアの雨が降る時』を観て 涙と笑いが交錯する疑似70年代初頭と現代をつなぐ3世代の物語 足を運んで味わいたい高野悦子『二十歳の原点』

鴻上尚史作・演出『アカシアの雨が降る時』が面白い!

緊急事態宣言下の六本木、芋洗い坂を下ったところにできた新しい劇場、六本木トリコロールシアターで、鴻上尚史氏の新作演劇『アカシアの雨が降る時』を見た。その題名から、1960年安保反対闘争真っ盛りの頃のヒット曲、西田佐知子(関口宏氏の奥様)の『アカシアの雨がやむとき』がすぐ想起されたが、果たしてこの歌と、この演劇はどう関わるのか?興味津々で劇場の入り口をくぐった。(「昭和のおやじ」記)

六本木 トリコロールシアター

劇場前にいた鴻上尚史さんをパシャリ

場内はコロナ禍のお約束、一人置きの着席で、主催者は入場者が半減してしまうので辛いだろうけど、見る方はゆったりとして前の人の頭も気にならず、見やすい。やがて場内が暗転し、鴻上氏の声による長い「前置き」のあと、始まった今作は、結論から言うとなかなか面白かった。登場人物は、久野綾希子演じるおばあちゃんとその息子(松村武)、孫(前田隆太朗)の3人だけ

ある日、認知症を発症した祖母。目覚めると自分を20歳と思い込み、ベトナム戦争に使われる米軍の戦車移送を阻止すると言い出す…

おばあちゃんはある日、認知症を発症。目覚めると自分を20歳と思い込み、1970年代初頭の世界に迷い込む。孫を恋人と勘違いし、大学に行ってアジ演説をし、横浜でベトナム戦争に使われる米軍の戦車移送を阻止すると言い出して聞かない。医師から祖母を戸惑わせないため相手役を「演じることが大切」と言われた孫は、スマホで当時の状況を調べながら、必死に話を合わせて行く。そこへ飲料会社に勤め、昭和のおやじさながらの仕事に振り回される息子(孫の父親)がからみ、てんやわんや…祖母が孫に、当時の歌を聞かせる場面が良い。特に岡林信康の「友よ」を熱唱する姿に、当時この歌を、闘争中に何度も歌った記憶がある筆者は、思わず涙が込みあげる。そして、祖母はやがてベトナム脱走兵を匿うと言い出し、舞台は思いがけない展開に。妙な脱走兵を演じる息子の変身ぶりが、場内に笑いを誘う。こうして涙と笑いが交錯しながら、疑似70年代初頭の世界が繰り広げられるが、そのベースに高野悦子の『二十歳の原点』が登場する。

筆者と全く同じ学年の高野さんは、立命館大学の学生で、ご多分に漏れず発生した学園闘争に向き合い、悩みながら日々を綴った日記である。この中には、「内なるバリケード」とか当時の学生が突き付けられた言葉が沢山出てきて、あの時代を共有した我々は、格別の思いがある。その後、自死に追い込まれる彼女のナイーブな生き方や、死後父親の手で出版されたこの日記の、繊細な表現が今日まで若い人たちの共感を呼び、ベストセラーとして読み継がれてきていることは興味深い。

脳梗塞で意識を失った祖母のベッドの傍らで、何とか意識が戻るようこの日記を必死に読み続ける孫の姿が涙を誘う。そしてついに登場する『アカシアの雨がやむとき』の歌。この瞬間は是非劇場に足を運んで味わって欲しい…

ベテランの域に入る久野綾希子が70歳にも20歳にも見え、持ち前の歌唱力で見るものを魅了する。孫を演じる前田隆太朗と、母と離婚した父=村松武が憎しみ合いながらも、祖母の危急に何とか対応して行こうとする二人のやりとりが、巧みな演技で真に迫る。やがて幕が閉じるとき、この物語は祖母を媒介とした、父と息子の再生の物語であったことに気づく。家族を見つめる鴻上尚史氏の厳しくも温かい眼差しが、深い余韻を残すこの演劇が、コロナ禍で中止にならないで本当に良かった。楽日まで不測の事態が起こらず、公演が全うでき、一人でも多くの方に生身の役者が舞台で演じる演劇の楽しさを味わっていただきたいと念じつつ、人の出が少ない夜の六本木の街を後にした。

【公演情報】 『アカシアの雨が降る時』
作・演出:鴻上尚史 出演:久野綾希子 前田隆太朗  松村武
●~6/13まで 六本木トリコロールシアターにて上演中
〈料金〉 6,800円 学割チケット3800円[要学生証提示](全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈公式サイト〉http://www.thirdstage.com/tricolore-theater/acacia2021/